1949-04-19 第5回国会 衆議院 本会議 第19号
実に私は、日本再建の途上において、かくのごとき者どもが國会の一部に議席を占めるなどということは遺憾千万、日本將來のために嘆き悲しんでおる。(拍手) かつて吉田総理大臣は、日本の労働連合を指導すると称して日本の再建に妨害を與うる一部の者に対して、不逞のやからという言葉を使つたことがある。今にして思う。なるほど彼らは不逞のやからであるかもしれぬ。
実に私は、日本再建の途上において、かくのごとき者どもが國会の一部に議席を占めるなどということは遺憾千万、日本將來のために嘆き悲しんでおる。(拍手) かつて吉田総理大臣は、日本の労働連合を指導すると称して日本の再建に妨害を與うる一部の者に対して、不逞のやからという言葉を使つたことがある。今にして思う。なるほど彼らは不逞のやからであるかもしれぬ。
向うに及ばず、経済の再建においても、一般國民の教育と文化の水準の向上なくしては、その十分な効果を期することはできないのでありまして、文教こそは日本再建の原動力であると申さねばなりません(拍手)而も人間の教育は、商品の生産と根本的に異なり、一朝一夕に成るものではなくして、不断の努力と負担によつてのみ有終の美をなすことができるのでありまして、すでに六・三制の発足以來、我が國民は耐乏生活の中にあつて、日本將來
これも安本においてはただいまの石炭一本で行くということは、日本將來の建設に危險があると私は思うので、今のうちから復金の金をいろいろな方面に今後貸し出す方法をして、日本の再建の基礎産業を盛んにしてはどうか。
さらに、本年九月二十三日、極東委員会において、パニユーシキン、ソ連代表は、その声明の中において、日本將來の平和的産業水準について限界を設けるという要求は妥当ではないと発表しておるのであります。すなわち、この限界を設けるということは、日本国民にも諸外國の利益にも合致しないということを、はつきり言つております。
これに対しまして、政府は先に中小企業廳を設置し、苦情聞取りに当つておるが、日本將來の貿易は全く中小商工業に課せられている現状から、如何にしてもこれが発達助成を図らなければなりません。
これなくしてお互い自分の関係する部門の育成に急にして他を顧みないときに、この回復に二十年、三十年という長き時間を要するこの森林に対して、開拓の問題その他の問題で、これが方法を誤まるようなことがあつては、日本將來のために寒心すべきものと信ずる次第でございます。
本請願の要旨は、日本將來の対外貿易上きわめて重要な地区である長野縣飯田市、上下伊藤の一市二郡の面積は四千百二十平方キコ、人口四十三万人で、面積において富山、石川両縣に匹敵し、人口また鳥取縣一縣に近いにもかかわらず、正規の日刊新聞がないことは、言論時代の今日、こわめて不合理である。ついては昭和二十二年四月発刊の南信時事新聞に正規の日刊新聞としての用紙を割り当てられたいというのであります。
身心發育の途中にある青少年を酒の害毒から守り、飲酒の悪癖を未前に防ぐことは新日本將來の進展上きわめて緊要の施策であります。さきに未成年者飲酒禁止法の制定されたこともまつたくこの趣旨にほかならないが前古未曽有の難局に立つている現下においては、さらにこれを擴大して、二十歳以上二十五歳未滿の青年を酒害より護り、もつて民族の優生を期することが一層緊要であると思います。
○加藤(シ)委員 私は日本國民代表の一人といたしまして、日本將來の國際的信用の向上について強い関心をもつているものでございます。國と國との外交は、儀禮やあるいはよき意圖をもつた言辭の交換も決して無意味とは思いませんけれども、一國のもつ高い信義、道徳が具體的事實の問題として表現された場合、その國の外交は最も成功するものであるということを信ずるものでございます。
こういうことは日本將來の再建のために、今日の日本の官吏がまつたく胸に手をあてて私は考うべきだと思う。それを今いうなわ張り爭いのために、あるいは自分らの地位保存のために、國家の大計を誤るがごときことは、今日の東京都附近の慘状だけを見ても、あんたたちは萬死に値すると私は思つている。今日私は餘分のことを言うのじやないが、前委員のおつしやるように、角をためて牛を殺すような議論を申し上げるのではありません。
又日本將來のためにお客様を迎える意味においても、甚だ面白くないのではないかという意味で、特にそこに留意されたのではないか。勿論廣告の内容等にも段々觸れて來るとは思いますが、その前に例えばロシアのごときは、初めは首都に入るとき、非常に汚かつたが、最近のロシアはそういうことに氣をつけてか、非常に綺麗になつたということで、イタリアのローマなんかもそうだつたと思います。
從つてその家に屬するというか、父母に屬するという建前から、家族中心主義の何らかの方法で、今までの家族制度という言葉はいずれにいたしましても、そういつたような意味のものをこしらえることが、私は日本將來のためのみならず、將來國家がいろいろな建設をいたしますのにも、これが基礎となつていくのではないかと考えます。
戰爭を放棄いたしました我が日本、將來國際的に平和文化國家となろうとする我が國におきましては、特に國際的な観光の國といたしまして、この点に留意することは非常に重要なことだと存ずるのでございます。